最近は都市伝説にはまっている歴史系記事担当の黒沼です。
今回は古代の壁画について書きたいと思います。
最古の壁面装飾はラスコーやアルタミラに見られる洞窟壁画でしょう。
これは紀元前3000年以前のもので、山火事で手に入れた木炭や土を顔料(色の元となる粉末)として、動物の脂や乳、尿などをバインダー(のり)として利用し、動物の絵を洞窟の壁に描いていたようです。(このころ最初期の水性絵具も登場したようです。)
紀元前2000年頃になるとフレスコ画の原型が登場します。有名な作例はミノタウロス伝説でも有名なクレタ島クノッソス宮殿の壁面装飾です。
紀元前1500年頃になると、蠟画(エンカウスティック)が生まれます。
ローマ時代の街、ポンペイの壁面装飾はこの技法で作られたようです。
今回はこの蠟画(エンカウスティック)について書いてみようと思います。
蠟画とは
蠟画とは、融解した蜜蝋(ハチの巣の外壁)をバインダー(のり)として顔料を練り上げた絵具のことを指します。
古代の壁画、石柱の彩色、板絵、彫刻の彩色に用いられた技法で、1世紀のローマの学者プリニウスの『博物誌』に詳しく解説されています。
これによれば、コールタール(重油の搾りかすで、とても冷めにくい)を注いだ鉄製の容器を熱し、その上に鉄や銀で出来たパレットを置き、そのうえで蜜蝋と顔料をブロンズ製のヘラで練り上げて用いたようです。
炭を入れた鉄の鉢で画面を温めながら絵具が熱いうちに描画を進め、最後に麻布で磨き上げる(ガノーシス)という工程で仕上げたようです。これにより、油絵の持つような艶やグラデーションのある絵が描けたようです。
蠟画の歴史
蠟画は古代に多く用いられた技法でしたが、発見されたのは、18世紀中頃のことで、それまでは知られていませんでした。
数年前話題になったローマの映画がありましたが、あれに登場したヴェスヴィオ火山が蠟画の発見に一役買っていたんです。
イタリアにはローマ時代の街並みが丸ごと保存されたポンペイという町があります。この町はヴェスヴィオ火山の噴火で火山灰に埋もれてしまった町です。
これを18世紀のフランスのブルボン家が発掘したことで、世界最古の絵画技法のひとつ、蠟画(エンカウスティック)が発見さたのでした。この技法は発掘当時のフランスで大流行しました。ポンペイの他にへラクレネウムも発掘され当時のヨーロッパが古代ブームになりました。後に新古典主義と呼ばれた、アングルなどの画家が活躍した時代ですね。蠟画はのちに古代エジプトでも棺桶の蓋の肖像画に用いられていたことがわかりました。
↓古代エジプトの肖像画像
蠟画ブームはこの後また下火になりますが、1950年代アメリカのネオダダの作家、ジャスパー・ジョーンズが用いたことで再び注目を浴びることになります。
まとめ
世界最古の技法、蠟画(エンカウスティック)は水性にも関わらず、油絵のような艶とグラデーションを持った不思議な技法でした。しかし昔の技法なだけあって、厳格なレシピと手順があり、熟練が必要だったんですね。次回は中世の壁画技法について書きたいと思います。
中世の壁画技法→http://tamakobo.com/chuusei-hekiga/
壁画の歴史についてはこちら→http://tamakobo.com/hekiga-rekisi/
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